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町の一部では房一が「席を蹴立てて帰つた」といふ評判だつた。それが何か乱暴でも働いた、といふやうに伝つて、噂を聞いた老父の道平は河場からわざわざ様子を聞きに来た。
その塗りの色の落ちついた外まはりの築地塀、よく拭きこまれた廊下、塵一つ落ちていない部屋々々、渋い雅致のある床の置物だの掛軸、これらすべての上に現れているどこか神経質でさへあるよい趣味と堅固さ――さういふ外見にかかはらず、大石医院では年来をかしなごたごたが繰り返されていた。
徳次は答へることができないで、又あの不器用な笑顔をつくつた。それから、船がごとんと岸に突きあたるはずみに、房一の前にとび降りると、突拍子な調子で
「そんなこと位は造作もない。おれにとつては小指の先の芸当だ」
「それから、あれだが、今までよう訊かなんだが、――あれは、どうしたもんかの、大石さんの方は?」
房一は急いで膿盆をひきよせた。
「うん、うん。あ、さうだ、顔を一寸洗はなくちや」
房一の魚籠びくをのぞいて、盛子はびつくりしたやうに叫んだ。
「はい、あの、切れて居りますが」
彼はそれを云ひに来たのだつた。
「これからどちらへ?」
一息に話してしまふと、喜作は依然としてさつきのまゝの姿勢で、いかにも気持よささうに、あのごつごつした、年に似合はず毛のうすい頭をむき出しに日にさらし乍ら、遠く河下の方に開けた空と、その下に低く横はつている丘陵地に目を放つていた。
その時、練吉はぐつと盃をつきつけた。