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それは何となく不思議なことだつた。家にいたところで別に賑かに喋しやべり立てるわけでもなし、むしろ年中窮屈さうに不服ありげに無口で固い顔をしている茂子が、今この家にいないと知つただけで、こんなに伸び伸びし、自分がさう思ふだけでなく、そこらにある家具までが何となく気楽さうに見えるとは!
「いや、高間さんは大漁ですがね。わたしの方はさつぱり駄目ですよ」
「なあ、ジョン!」
「はゝゝ、でもカワラケにはちがひない、それがかうひよつとね」
道平は納得したやうにうなづいたが、又ゆつくり身体を坐りなほすのと一緒に、
「いや、それが――」
房一は怒つたやうな嘲あざけるやうな調子であつた。その顔は何故か黒ずんで見えた。そして、目がぎらついていた。
だが、その間にも土手の押問答はつゞけられた。
男は病人から房一へぎろりと眼を移すと、
「あのう、笹井へ往診がございますが」
房一はその時逸いち早く、横に寝かされている男の投げ出した手首に血がかすりついているのを、そして寝ながら立てている片足のズボンの膝のあたりにもどす黒い斑点の沁みているのを見てとつた。
「あら!いらつしやいませ。ようこそ。――ほんとうに、よくまあ!」